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ご無沙汰してました

大変ご無沙汰してしまいました。18日にオヤジが他界し、19日のFIRENZE戦が中止になり、20日に帰国し、21日昼に清水の着き、6時から通夜、22日葬式、23日から実家の片づけ、28日の今日 今さっき無事我が家に着いた。 オヤジが調子悪いのは、ある程度分かっていたので、8月には、子供達をオヤジに会わせ、一緒に食事をさせたりしていたので子供達とは一緒に行かなかった。
チームは、今日から練習が再開されたが、私は30日から出勤することの許可をとった。 これから この一週間にあったことなど書いていきます。 今日は、疲れてますからもう寝ます。

がんばる

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皆さんは、「がんばる」ということをどう考えるだろうか。何でもがんばる。がんばって力を出し切る。がんばったからご褒美をあげる。まあ、子供時代には周りからよく言われた。この「がんばって」というのは、「100%でやる」ということなのだろうか。だとすると この言葉は、あまり良い言葉ではなさそうな気がする。私は、「ほどほどに」の方が子供も大人も力が発揮できるような気がするし、成長する気がする。ほどほどにやった方が、こつこつできるし、長続きする。だいたい、人の身体トレーニングも習い事もほどほどにやるから上手くなるのである。私は、過去にがんばり過ぎてダメになった選手をたくさん見ている。物事、何でも100%でやったら壊れてしまうのは当たり前だし、だれでも分かることだ。私は、世界のトップクラスの選手を見ているとそんな感じがする。また、指導者もがんばり過ぎないように指導する場面に遭遇することがたくさんある。一般的に、子供も大人も自然にがんばってしまうのであり、それを抑えるのが指導者の役目の気がする。私は、選手時代にがんばり過ぎて注意されたことは一度もなかった。これは、私のがんばりが足りなかったのか、それとも 指導者が分っていなかったのかどっちだろうか。もちろん 前者だろう!







PHOTO;赤ちゃんは もうすでにがんばっているのだ!

abbiamo passato!

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試合内容は、全く良くなかったが、とりあえず、チャンピオンズリーグ 一次リーグを通過した。ユーベは、ホームで1-4で敗れ、通過できず、フィオレンティーナは、1位ですでに通過、インテルは2位で通過した。
まあ 当たり前だが、ヨーロッパでベスト16になるには、簡単ではない。 試合終了後、ホテルで乾杯し、その後、美味しいワインをちょっと飲み過ぎて、選手の治療をしたので選手に指摘されたが、酔っぱらっていたので、私も強気で、「このくらいの方が、力が入って良い治療が出来るんだ」と言って治療した。 翌朝、頭が痛かったから、私が思っていた以上に酔っていたのかもしれない。 まあ たまには、愛嬌があっていい!(日本でこんなことをやったら問題になるだろうが、こちらは平気!)
通常は、試合終了後すぐにミラネ―ロ(練習場)に戻って、そこで寝るのであるが、今回は、チューリッヒの空港 が、夜遅くまで開いていないのでホテルに泊まらなければならなかった。 翌日12時にミラネッロに戻り、怪我人の治療等でミランの仕事が終わって プライベートの仕事、しかし、フロントの奥様から連絡があり、また 仕事という月曜からの長い3日間が終わった。


PHOTO:モンテナポリ通りの自動車植木鉢もNATALEの準備は出来ている。
それと飲み過ぎたワイン!

チャンスはいつかやってくる。

今日は、久々にチャンピオンズリーグの遠征に帯同し、スイスのチューリッヒに来ている。週末以外は遠征に行かないことにしているが、いろいろとあって来ることになった。明日の試合は、一次リーグを突破できるかどうかの重要な試合である。だから、勝てば、チームには 賞金が入ってくるはずだから、フロントサイドは、気合いが入っている。ところで 昔 だれかが、「負けるケンカはしてはいけない」、また、「現在を考えるよりも未来を考えることが必要だが、決して先走り過ぎてはいけない。3歩ぐらい先がちょうど良い。」ということを言っていた。先日、イギリス帰りの同僚に突然、次のようなことを言われた。「endoー お前の弟のtomonoriはいつ帰ってくるのか。」「今、何をしているのか?」「あいつは 良い奴だったなー」私は、すぐさま 何が言いたいか分かり、こう答えた。「イタリア娘にほれ込んで、ナポリにいちゃったから もう戻らないよ」この同僚は、5年前に1年間ミランにいたが、上司と合わず、首にされ、再び戻って来た理学療法士である。彼は、良いと思ったことは、どんどん実行するし、チームの中では彼が一番仕事をし、選手からも信望が厚いし、経験も豊富である。しかし、これが、サラリーマン化している同僚からはある意味煙たがれているし、ボスからはそれ以上に嫌がられているようである。こんな彼には、昔の私が、バリバリ仕事をしていたのに対し、最近の私の仕事ぶりに物足りなさを感じているのだろう。だからこのようなことを言ったのである。以前の私は、まず、ミランの選手に認められることが、最も重要だったので、ドクターの指示でやって治るはずがないと思った時は、隠れて鍼をしたり、勝手に別の治療を

緊張感

選手よっては、年間公式戦で60試合をこなし、代表選手は、シーズン中は、常に週に2試合をすることになる。これが皆さんには、どのように感じられるだろうか。 ミランの選手レベルになれば、週2回の試合が、特別の物ではなく朝飯前ぐらいの簡単な物ぐらいに思っていると思っているのではないだろうか。
基本的に、試合の前日は、ホームゲームの場合、milanelloスポーツセンター(ミランの練習場)に宿泊し、アウェイでは、ホテルに泊まる。 これは、試合前の準備のためであるというよりも試合に集中するためである。 私は、ホームゲームで時々、遠征では、選手と一緒に宿泊するが、選手のその様子は、いろいろである。
ある選手は、いつもと変わりない態度で陽気であったり、ある選手は、明らかに様子が変わる。 様子が変わる選手の一番は、身体のどこかが痛くなる場合が多い。そして、選手によっては試合直前まで訴え続け、本当にこの選手は試合が出来るのかと思うくらい痛い、痛いと言っている。 しかし、グランドに入ると また 別人のようにさりげなく優雅なサッカーをし、そして、試合が終わった後は、治療はもちろんせず、痛いの一言もなしでロッカール―ムを出ていく。
これらは、明らかに緊張からである。そして、それが、国内リーグ戦でも同じである。
皆さんは、こんな選手をどう思うのだろうか?
私は、こんな選手は立派だと思う。 常に自分を試合前に最高のコンディションにするために全力を尽くすという意味で、立派である。 明らかに過緊張なのであり、無駄なこともいろいろあるが、私がもし選手ならここまで出来ない。 以前に、私もそれに付き合わされ、試合前日の夜に3時間もマッサージをさせてもらった経験があるが、あまり、嫌な感じはしなかった。
先日、いつものピッコロピアニストと治療中に話したが、彼女も演奏前は、唇が真っ蒼になるとお母さんが言っていた。本人は、「それが普通でしょ」とあっさり言っていた。
どちらにしてもこの過緊張が、最高の結果に欠かせない物なのではないだろうか



我道を行く(2)

一昨日は、最後にHUNTERAAR選手の2点で勝利、波に乗っている。 ユーベが負けて2位に浮上した。 今日は、2回練習のはずが休養日となった。もちろん 怪我人は別である。
前回の続き
今シーズンの前期を分析すると、3つのフレーズに分けることができる。 第Ⅰ期 挑戦 (シーズン初めの合宿からリーグ第1戦目のsiena戦の勝利まで) 第Ⅱ期 落胆(リーグ第二戦のミラノダービー完敗0-4から10月18日のローマ戦まで) 第Ⅲ期 自信(10月21日のチャンピオンズリーグ レアル戦から現在)
第Ⅰ期は、新しい監督、新しいシステムで自分たちのサッカーを構築するための時期であった。 したがって、試合に負けたことよりもどこを改善しなければならないのかを最重要視し、試合結果を見ず、やらなければならないことを一生懸命やっていた時期でり、自分たちの理想に追及した。 そして、リーグ第一戦を勝利で飾り、ほっとした時期。
第Ⅱ期は、リーグ第一戦の勝利も束の間で、ミラノダービーに完敗、昨シーズンのシステム4:4:2から今シーズンの4:3:3への変更が選手に馴染まず、試合に負け、内容も見てられない試合ばかりが続いた苦しい時期。
第Ⅲ期は、この先が不安視される中、今シーズン最初の重要なゲームであったレアルマドリッド戦で、誰もが、心の中に不安を抱き、しかも唯一好調であったGKのストラーリ選手の故障で久々の先発に戻ったDIDA選手が、試合開始、早々のミスで相手に先制されるにもかかわらず、劇的な逆転勝利をし、その後、負けなしの試合が続く時期。
したがって、シーズンはじめと、今では、外から見たら全く違う感じがするが、監督がやっていることは、同じである。 レオナルド監督は、周りが何を言おうが、ロナルジーニョ選手を辛抱して使い続けて少し良くなったこと。パト選手が本来の期待通り、点をとれるようになったこと。 ただ、これだけが少し変わっただけである。チーム方針は、シーズン最初から変わってない。 選手には、それぞれの個性がある。 監督は、調子が、のってきてる選手を上手く起用することも重要なことであるが、本来の力を出せない選手に対し、試合に我慢して使い続けなければならないこともある。増してや使わなければ、どんどん悪くなっていく選手もいる。
今 現在のチーム、選手の状態を判断することも監督として重要であり、当然であるが、自分が見込んだその選手と心中するつ…

我道を行く

今、シチリアのカタ―ニャに来ている。森本選手の所属するチームと対戦するためである。最近、サッカーのことを書いていないので今日は、たまにはサッカーのことも書こうと思う。
イタリアサッカーの日程は、8月最終日曜に開幕し、前半を12月20日で終了する。残りあと5試合である。そして、クリスマス休暇2週間を挟んで来年1月6日に後半が始まり、5月16日に終了する。
今シーズンは、監督がANCELOTTI氏からLEONARDO氏に代わり、また、チームの看板選手のKAKA’選手を放出したし、MALDINI選手の引退で、感覚的にかなり刷新した感じがする。 やはり、監督が変わるということは、大きなことだ。
私たち現場のレベルで一番感じるのは、練習日程の変更である。 前監督は、基本的に練習時間は午後3時または、4時(冬と夏では違う)の午後型であったが、今度の監督は、基本的に午前11時開始の午前型である。 こうなると、朝に強い選手、特に子持ちの選手は、子供を学校に送ってから来るのでとても良いと言っているが、独身族にとっては朝まで遊ぶことが出来ないから大変である。 いろいろな考え方があるが、朝の清々しい時に練習をするのも良いが、身体は、午後の方が動く気がする。しかし、選手を夜遊びさせないためには、朝型が良いのかもしれない。そして また、その混合もなかなか良いと思う。
カルロ・アンチェロッティ監督は、午後型、 カペッロ監督は、朝型 エメルソン レオン監督は 混合型、例えば今日は、午後、明日は午前、そして 翌日は午後、翌々日は午前に行う(約1日身体を休める)
ところで、ミランの話になるが、プレシーズンマッチから全然勝てず、シーズンに入ってからも引き分けを挟んで負けが多く、9月30日のCL(チャンピオンズリーグ)では、スイスのチューリヒの0対1のホームでの敗戦は、サポーターだけでなく、ミラン関係者まで今後のことを考えたに違いないという状況であった。しかし、10月23日のCLのアウェイでのレアルマドリット戦の辛勝(2-3)はチームの雰囲気を100%変え、その後、勝ちが続き、イタリアリーグ2位チャンピオンズリーグ予選2位という状況である。

この続きは、次回。

サザエさん

一番下の娘は、まだ パソコンを持っていない。高校生の2人はそれぞれ持っていて、3番目は、私と共有である。彼女は、友達からWiiでインターネットが出来るという情報を仕入れてきて、無線ランに接続し、テレビでインターネットを見ている。インターネットを見ているといっても YOUTUBEを見ているだけなのである。 いろいろマンガを探しているようだが、なぜか最後は、サザエさんに行き着くのである。 私も、一緒にパソコンをしながらサザエさんを見るのであるが、大変懐かしく感じている。多分 小学校低学年の時に見て以来である。 そして、また、子供時代に見た感覚のサザエさんと全く違う奥が深いすばらしい作品であると感じている。 この磯野家の構成は、本当に上手く出来ている。 私は、磯野家のカツオ君のような少年を育てることが、日本には必要であると思う。 そして、お父さんの波平さんの家長としての態度も大変参考になるし、お母さんの舟さんこそ日本人のお母さんの鏡という感じがする。 それぞれが、一長一短があるが、それを踏まえて助け合う家族、近所、友人、親戚がいる。これは、日本の良き時代のどこにでもあった家庭であるように思う。 イタリアも昔の話を聞くと、日本と同じように昔の方が、人間的、家族的であったと言っている。 世界的にこのような傾向なのだろう。
躾は、先生、親の問題だけでもなさそうだ。社会的な問題であるようだ。 そんな中で、学校の先生が、躾についてがんばり過ぎというか 学校の先生にまかせっきりというのが問題だ。 昨日のブログではっきり言わなかったが、イタリアにいて、子供達は、日本人学校に通っているが、国際社会の中にいるのに、先生が、日本の国内と同じ感覚で躾をされたら私は、がっかりしてしまう。 いっそのこと勉強だけ指導して、閉鎖的な躾である「みんな同じ」、「みんなそろって」なんていう躾というか指導は、止めてほしい。
私には、平等とか同等とかで躾られることほど怖い物はないと思っている。 エディさんがコメントで書かれているように これじゃ 世界で戦えないと言っているが全く同感だ!

日本の学校

物事には、何でも長所と短所がある。大切なことは、それをプラス思考で持って行くか、それともマイナス思考で持っていくかである。そして 親、指導者、先生は、それをどのように導くかである。
長女は、全く数学というか算数が分からない。 数学は、世界共通だから、問題ないと思っていた私の責任である。(最もDNAからして私の責任であるが)。 小学3年生から、3年間位、言葉が理解できない間に数学の基本を学んだのだから仕方がない。私が少しでも気を使ってあげれば、もう少しまともになったのかもしれないと後悔している。しかし、その当時は、私もそれどころではなかった。 そして、出来ない出来ないと言うので 久しぶりに様子を見たら、負の計算からもう駄目であった。これには、お手上げだった。 ところが、日本人学校から紹介され、プライベートレッスンのパンセの山下先生に集中で1週間ほど教えて貰ったら、これが凄いのである。分からなかったところが、すべて分かったといい、挙句の果てには、数学が好きになりそうなどというのには、たまげた。 塾の先生は、子供の性格から勉強の問題点まで理解できるのだからそうとう勉強しているのであろう。 さすがその道のプロである。見習わねばならない。
日本の学校教育は、今後、どうなっていくのだろうか。 日本の学校の先生は、今現在、どのようなポジションに置かれているのだろうか。 勉強を教えるスペシャリストでもなければ、家庭でやるべきしつけを中途半端にやっている。
歳をとったからそう思うのか、それともイタリアに来たからそう思うのかは分からないが、日本にいる時は、あまり感じなかったことを 今、感じるようになっている。 こちらにいると日本とイタリアの学校教育の違いをすごく感じる。
A国 1)しつけは、学校の仕事ではない。 2)掃除時間とか給食当番がない。(勉強以外は、子供はしない) 3)先生は、子供と一緒の時間に来て、一緒に帰る。 4)先生によって学習指導案が違う 5)生徒それぞれの個性を尊重する
B国 1)集団行動を強調し過ぎ 2)失敗をさせない 3)子供同士の問題に先生が介入する。 4)道徳感を全員同じにする。
最初に書いたが、長所は短所、短所は長所、ピンチはチャンス、チャンスはピンチである。
私の提言 学校の先生も 勉強の指導一本に絞って勉強指導のスペシャリストになってはどうだろうか。 しつけは、親、社会が行うべきである。


分かりません

昨日のコメントに以下のような質問を頂きました。 これについて少し書きたいと思います。
*-*-*-*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
「コーチ、トイレに行っていいですか?」
「コーチ、お昼を食べていいですか?」
「コーチ、、、、いいですか?」
なんで君達はコーチの許可を求めたがるんだ?
なんで君達はコーチの言うことを守らなきゃいけない!と思うんだ?
なんで君達は「コーチより俺の判断の方が正しい」って思わないんだ?
少年サッカーに帯同していつも不思議に思います。主体的で自由な思考が絶対的に乏しい。良かれ悪しかれ日本人のメンタリティーですね。
遠藤家のお子さん達は日本人的ですか? イタリア色に染まってますか?
*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
我家の子供たちが、イタリアに来たのは、2000年。私よりも1年遅れてやってきた。 最初の1年弱は、長女は日本人小学校3年に編入、長男はインターナショナルスクールの小学1年、二女は、幼稚園の年少に入ったが、現地の言葉を学ばせなければ、全く生活出来ないことが分かり、清水にいた時のサレジオ学園(旧星美学園)のミラノ姉妹校であるカトリック系私立のscuola maria ausiliatriceを紹介され、そこで5年間を過ごし、その後、公立の現地校に1年弱通い、そこに馴染めず、ミラノ日本人学校に入り、上の二人は、日本人学校の高校がないため、インターナショナルスクールに通っており、下二人は、現在もミラノ日本人学校に通っている。 これが、約9年間の子供達の学歴である。
最初の頃の私たち両親は、子供たちに、日本人として恥ずかしくない行動を取らせるために結構厳しくしたつもりであった。というのは、イタリア人は、東洋人をバカにしているからきちんとさせたかったのである。そのため、マナーは、他の子供よりはある程度良かったが、自由奔放さが無くなってしまった。そして、それに気がついて少し緩めたが、ちょっと遅かったかなという感じである。、最近では、その反動で逆に、態度もマナーも悪くなってしまったようである。 イタリア人の良い所(あいさつをしっかりする、自分を主張する等)を真似してくれれば良いのであるが、それは出来ず、自分勝手なところは、ちゃんと真似してるようである。 私としては、男も女もメチャクチャの方が良いと思っていたが、結局、気の小さい子になってしまったというかしてしまったようで残念だ…

少子化

春山昇華氏のブログにおもしろいことが書いてあった。
我家は、夫1人、妻1人、子供4人の合計6人の大所帯である。しかし、ここイタリア、特に北部地方は、日本と同様に少子化が問題になっている。 皆さんは、この問題をどう思うだろうか? 私は、どうしようもない。もう子供が4人もいるからこの4人をどう食わせていくかで精一杯で少子化について考えたことがなかった。 そこで 春山氏のブログから抜粋したものを読んでほしい。

++++以下:雑談です++++

山手線の内側に住む若者が増えた。
若者(+少し前まで昔)の複数人と話した会話を合成すると・・・・

若者:「オジンは遠くに住んでいるけど、私たちは近くに住みたいのです」
春山:「でも都内のマンションは狭くて、子育てに向かないのじゃ??」
W:「子供はせいぜい1人しか考えていないから、2LDKでも十分なんです」
H:「そんなんじゃ日本人が減る」
W:「郊外や地方に住む人が子供を生めば良いんじゃないですか」

H;「子育て1人に1500万円かかるから、子供ゼロ夫婦:3000万円、子供1人夫婦:1500万円の税金を徴収して、それを2人以上の育児をする人に配布するという案はどう思う」
W:「子供を生むか生まないかは個人の自由、基本的人権です」
H:「じゃあ、1500万円あげるから、子供1人生むか?」
W:「いやです。20年間で1500万円だと、1ヶ月62500円です。そんな金額もらっても子供を持つ面倒を考えれば嫌です。」

H:「自由を満喫したいのですか?」
W:「そうですね。だから郊外や地方の人よりも高い金払ってこんな狭いマンションに住んでいるのです。これ以上金を徴収するのは不公平だと思います」
H:「高い金は、便利な公共インフラ、文化施設などの対価だから、フェアな価格だと思うが・・・」

++++++++

どうも、1500万円払うのは嫌で、もらっても子供を拒否するという反応からすれば、子供1人:1500万円というコストはフェアな金額だと思った。
                                          以上
遠藤家の子供達は、今後どこの国で生活するか分からないが、国籍は日本である。 子供たちが、日本で生活したいという国になってほしいものだ。


VINO NOVELLO

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ボジョレーヌーボーの時期であるが、先週、私は、イタリアのVINO NOVELLO(新しいワイン)をスーパーで買って来て飲んだが、やはり、若過ぎて旨くない。でも1本ふたりで飲みほした。





photo;VINO NOVELLO、サラミ、カルチョ―フ


piano forte

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元部長のみっち様コメントありがとうございました。
部長とフロントで仕事をしたのは、2年位でしょうか。あまり良く覚えていませんが、いろいろと男の生き方を勉強させていただきました。感謝しています。ところで、最近、毎週ピアニストを治療している。ピアニストといってもまだ15歳の少女でお母さんが日本人、お父さんがイタリア人のハーフである。
将来は Grande Concertistaになっていくだろうと期待している。

そして、また、先程の元部長のみっち様もピアノが引けるのである。はるか昔に定年したオヤジだが、育ちが良いのか、才能があったからなのか知らないが、このオヤジの年代でピアノを習ったのだからこのオヤジは、立派である。もしくは、お母さんがさぞかし立派だったんだろう。
とにかく、男がピアノを引けるなんて素敵である。
ACミランにもピアノを引ける選手がいる。マッシモ アンブロジーニ選手である。今でも先生についてレッスンをしているから結構本格的である。一度、遠征の時に我々の前で引いてくれたがカッコよかったことを憶えている。
そして 我家の子供達もピアノを習いだして2年になるが、最初は、女3人だけだったが途中から一人息子もやりたいと言いだし、習っている。
昨年末のミラノ日本人学校理事会主催の演奏会では、なかなかの腕前と褒められていた。

私は、幼少時代から「サッカーで一人前になるんだ」と言ってサッカーのことだけしか考えていなっかったから、人生に幅がないし、余裕がない。趣味もない。結局、サッカーも物にできず、とりあえず、サッカー関係の仕事をしているという状態である。
ミランの選手を見ていて思うのだが、私のように青春時代に朝から晩までサッカーの事しか考えていなかった選手などいない気がする。彼らは、15歳で認められ、仕事としてサッカーを始めたから、仕事という感覚でサッカーをし、それ以外の時間は楽しんでいたのかもしれない。だから、サッカー選手なのに他のスポーツまたは、音楽をサッカー以上に上手くでき、職業選択を間違えたのではないかという選手も時々いる。
photo; つい最近、今使っているキーボードだけでは、鍵盤が足りないと子供から言われ、新しい電子ピアノを買ったが日本では6万円ぐらいなのにこちらでは10万円ぐらいになってしまう。

たばこ

私は、煙草を吸わない。もっぱらアルコールだけである。それも外で飲むより飲んだらすぐ寝れるから自宅で飲むのが好きである。

フッと思ったが、喫煙家は、仕事中も何かにつけて一服する。そして こちらイタリアでは、一服だけではなく、それにカフェタイムも入るのである。
仕事中も、煙草で一服、そして、カフェで一服と何かにつけ休憩が入るので、私は、手持無沙汰になってしまうことがよくある。
集合時間に遅れて来た同僚が、来て最初の一言が、「ちょっと待っててカフェしてから始めよう」なんて言われたら、こちらは、切れてしまいそうになるのであるが ここは、イタリアしょうがないとあきらめる。でも他の同僚は、「早く行って来い」待ってるからと言い、寛大なのである。
これは、私のような真面目な人間には、相手をバカにしている行為にしか思えないのであるが、皆さんはどうであろうか。

しかし、私も成長したのか、こんなことを思うようになった。
私にも何か煙草の代わりになる物はないだろうか。

それは、エスパルス時代の部長が大の煙草好きだった。
彼を良く観察すると、煙草吸う時は、いつも天井を見ているような仕草で煙草を吸うのである。そして 一機に大学ノートに向かって書き始め、灰皿の煙草は、その後一度も吸われることなく、終わってしまうこともあったのである。そして、その時、私は、それだったら「最初から煙草吸うなよなー」と思ったこともあった。
しかし、今考えると、彼は、煙草を吸うための時間を作ったのではなく、考えを整理するために煙草を吸う時間を作ったのであった。当時の私は、「おやじー、ボケちゃったのかと思って心配した」と言ってからかったことがあったが、今、私に必要なのは、ちょっと休憩し、考えてみる、整理してみることなのかもしれない。

性格的に待ってられない。今できることは、今やりたい。今終えてしまいたいのだ。その先のことを考えて、今、何をすべきかということが出来ないのである。
これは、性格だからしょうがないが、生い立ちを考えるとわかる気がする。
両親を始め、周りの先生たちもしつけにおいて 「何でも早くしなさい、何をのろのろしてるの」とせかしたのである。
部長のお母さんの話を聞いたことがあるが、私の両親と全く違うということを感じたことがあった。
最近、何かで読んだが、子供に対して 「早くしなさい。遅れちゃうわよ」は絶対の禁句だそうだ。考えると最もだと…

触診

我々のような者は、手が仕事に重要なことは、皆さんも分かるだろう。
したがって、家庭で洗い物は、ほとんどしないし、もしするとすれば、お皿とか箸、ホーク類だけでグラス等のコップや割れやすい物は、洗わない。
これは、ある意味プロとして当たり前なのかもしれないが、ここ4、5年でこのように意識するようになった。ちょっと遅いかな!
こちらに来た時には、魚をおろしたり、〆サバが食べたいために、インターネットで作り方を調べて作ったりしたしたし、刺身もそれなりに作った。しかし、その時もびくびくしながらの作業であったことを憶えている。

ところで、この手の感覚を頼りに仕事をするようになっていつも集中しようと努めるのであるが、最初は、自分で一生懸命触っているのだが、思うように感じないのである。どうしたらこの感触が育つのかいろいろと考えて治療していた。
そして、1つに触診の際、眼を閉じて触ると数段感覚が冴える感じがした。これは結構いけるかと思ったが、まだ しっくりしなかった。

そして、2006年のドイツワールドカップにウクライナ代表に帯同した際、特別帯同した私の他にもう一人のイタリア人がいたが、彼の治療の仕方を観ていてハッとしたのである。
そうか、そうすれば もっとはっきり感じるのかということが分かったのである。
以前にも書いたが、「endo check」がこれで完成したのである。

それは、何かというと皆さんからしたらどうってことでもないのである。
ただ、自分の両手を常に使って左右差をチェックしながらゆっくり触っていくのである。
こんな単純なことなのであるが、これをやるようになって、肉離れの感触をしっかりと捉えることが出来るようになったし、足首のねん挫等で足首に違和感があったりする選手の原因を追及できるのである。
そして、これをやればやるほど自分が感じる選手の身体のイメージがはっきりするようになり、どこをほぐせば良いのかを感じるようになった。

こんな単純なことではあるが、私にとっては「眼から鱗」であった。
このブログの訪問者の中には、治療家の卵の方もおられると思うのでぜひ、試してほしい。

あまり 詳しくは書かないのか 書けないのかは定かではないが、自分の想像というかイメージで行う方が自分の物になると思ったので簡単に書いた。しかし、説明不足ならもうちょっと詳しく例を挙げて説明するが、文章ではしれているかもしれない。

創作料理

先週は、日本からお客さんが来ていたし、重要な試合もあって、ちょっと忙しかったが、今週はinternational match dayでゆっくりできそうだ。

今回の来客と2回レストランに行ったが、最初は、イタリア料理店「GIANNINO」に行き、もう一軒は「FINGERS」というお店に行った。
このGIANNINOは、ミランの役員等がオーナーとなったレストランで、ミランの関係者のための部屋があり、壁には、たくさんのミランの写真が飾られている。
そして、fingersというレストランは、ミランのシードルフ選手がオーナーであり、開店の時に招待されて行き、そして、話のタネにと女房と息子の友達のイタリア人の両親と行ったことがある。
私は、日本から来たお客さんをここには連れて行く気にはならなかったが、お客さんがこのお店に行きたいと言ったのでそれではということになり、行って来たのである。

この「FINGERS」というレストランは、日本料理店である。しかし、日本料理をベースにしただけでもう日本料理の範疇を遥かに超へ、この店のオリジナルの創作料理になっており、友人日く、「これは、日本料理店ではないね。」、まさにその通りであった。
客層も綺麗な女性を連れた紳士が多かったし、雰囲気もとても良い感じだ。きっと日本で言えば、洒落たイタリアレストランに彼女を誘って行くと言った感じといえば想像できるであろう。
ここの店長は、日系ブラジル人でブラジルの日本料理店で修行していたと聞いている。私は、サンパウロには何回も行っているので分かるが、ブラジルの日本料理店は、日本の寿司屋その物である。

ミラノには、3種類の日本料理店がある。
1つは、日本よりも美味しいくらいのものを食べさせてくれる店。
次に、主に中国人が日本料理店を経営して本場日本に近いがほんの少し味が違う店。
そして、このFINGERSのように創作日本料理の店である。

私は、日本よりも美味しいくらいという日本料理店をやっぱり好むが、お客さんは、このFINGERSを大変気に入ったようで、この店が、日本に出来たらきっと流行るだろうなと言っていた。
これに私は、ハッとした。
私には、日本食は、こうあるべきという固定概念があり、それ以外は邪道であると勝手に思い込んでいるのであった。だから 日本人客は、みんな創作日本料理を肯定しないだろうと勝手に思い込んでいた。
しかし、このお客…

川崎フロンターレ問題

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今日は、ローマに来ている。明日のLAZIO戦のためである。選手は、飛行機で来たが、ドクターの車を誰かが持っていかなければならないため、同僚が運転することになり、助手席に私が座った。
VARESE(練習場)からROMAまで600kmである。4時間半ちょっとで着いたが、途中、ガソリン補給で止まって、事故渋滞もあったから かなり飛ばしたことになる。


昨日、インタ―ネットのニュースを見てナビスコの優勝はどこかと思ったらFC東京のことより川崎フロンターレのことの方が話題になっていて、何が起こったのか調べてみたら選手が準優勝のメダルを受賞してすぐに外してしまったことが問題となったようだった。
ニュースの情報だけで 自分の意見を書くのは、良くないかもしれない。したがって、そう思う人は、この先を読まないでほしい。何しろ情報が少ないし、現場を見ていたわけではないわけだし。

ところで、前置きはこのくらいにして本題に入ろう。
①もし、優勝チームが同様な行為をしたらどうなっていただろうか。
②もし、半数の選手が外して、その半数がつけていたらどうなっていただろうか。
③もし、受賞して メダルを外す行為を見ていたJリーグ関係者、または、フロンターレの関係者がその場で助言していたらどうなっていただろうか。
「もし」を言ってはならないのは承知である。

この問題は、フロンターレの役員、選手が、問題視されているが、これは、もっと根が深い気がする。
日本の教育では、公の場で自分の考えを示すことは、良いとされていない。
① 自分だけ違う行為をすることは、恥ずかしいことである。
② 注意する必要があるなら 誰かが言ってくれるはずで自分が言うことは無い。
これらが我々には、植えつけられている気がする。
例えば、集合時間に遅れることは、他人に迷惑をかけるとか、団体行動が出来なくなってしまうということよりも、人と違うことは、いけないから遅刻は良くない。そのぐらいに考えている選手もいるのではないだろうか。

もし、このような気持ちが潜在的になかったら選手全員が、メダルを外す行為はしなかっただろうし、その行為に対して誰かが何かを助言したはずである。
そして、普段からこれに似た出来事が起こっているはずであり、それが解決されていない文化というか環境なのではないだろうか。
例えば、食事のマナーについてとか、使用した練習着の洗濯籠への入れ方とかである。
イタリ…

気合い!

ちょっと忙しくて書けなかった。
一昨日の試合は、さすがミランという試合であった。
やはり、世界のつわもの揃いのチームだけに自分たちの威厳にかけて気合いが入ったようだった。
しかし、このつわもの達も気合いが入らない時が時々ある。だいたいその試合前日の雰囲気で分かることがある。
ミランは、毎年のクリスマス休暇の始まる前の試合は、負けることが多いが、これは、選手それぞれが口には出さないが、気持ちは、もう休暇モードになっているように感じるからである。
これは、単なる気の緩みが問題だから、監督がどうにかすれば解決できることである。
以前に一度、その雰囲気を察した監督が、負けたら休みを少なくすると言って選手に発破をかけたことがあったが その時は、監督も弛んだ雰囲気を感じたのだろう。結果は、もちろん勝利であった。

皆さんからしてみたら、世界一流のプロ選手でもこんなことがあるのかと思うかもしれないが、やっぱり選手も人の子で、簡単な方へというか楽しい方に流されてしまうのである。
そして、それを察することが監督はできなくてはならないだろう。

しかし、試合中、選手が、完全に自信を失ってている時には、監督によって2種類の解決法があるようだ。
1つは、選手に対し、「お前たちは、こんな相手に負けるはずがない、もっと冷静に スピードあるボールを回せ。悩まず、考えず、思ったようにやれ。自分を信じろ!お前たちが一番強いのだ」といった感じで自信を持たせることである。

もう1つは、徹底的に叱咤激励するのである。「お前たちには、プライドがないのか?自分が恥ずかしくないのか?戦えない者は、今すぐにシャワーを浴びて帰れ!後半は、ダンスパーティーじゃなくて 戦争をするんだ。自分に恥ずかしいプレーをするな。死に物狂いでやってこい。動けなくなったら交代する者はいくらでもいるんだ。」といった感じである。

私は、サッカーは、戦いであると思っている。一流選手は、技術が冴えない選手、体力がない選手もいるが、精神的な強さは、すべての選手が備えている。一流選手に必要最低条件は、精神力である。
指導者の中には、極端に精神論を論じることに対して否定的な方がおられるが、私は、絶対に重要であると思っている。
少なくても、試合に勝つか負けるかの70%は気持ちであると思っている。技術も戦術も体力も精神的な基盤の基にはじめて発揮されるものであり、気合いが入っていない…

MILAN-REAL

明日は、今シーズンで最初の重要な試合である。年間、多くて50試合くらいある中で5つ以内に入る重要な試合であると説明すれば理解できるだろう。
昨日、我々同僚の誰が、この試合にスタッフとして行くかを我々のボスが決めたが、私の名前が入っている。私は、根回しして、行かないようにしておいたのだが、結果は行くにな事になってしまった。

以前にも書いたが、私以外の同僚は、みんな行きたいのだが、私は、ワインを飲みながら、テレビ観戦したい。そして、試合を完全に1サポーターとして見たいのである。
一般のサポーターより、内部事情に詳しいから、選手の心理状況、監督の決断等が分かるので、みなさんよりも楽しめると思う。

例えば、ネスタ選手(前々回の試合で大腿部を痛めており、完全ではない。しかし、大腿部の問題は、解決したが、ここ数日練習していない。)それに対して、同じポジションのカラッゼ選手は、昨シーズンに膝の手術をし、ようやく調子が戻って来て、前回の試合では、集中力も途切れず、まずまずの出来であった。
ホワードについても経験豊富なインザーギ選手を先発で使うのか、それとも怪我から復帰し、前回の試合で2得点したボリエッロ選手を使うかとかである。
明日の試合当日の朝も軽い練習、治療をするので、その状況、そして、監督の判断まで手に取るように分かり、それを他人事として楽しめるのである。
試合に帯同するとそのような悠長なことは言ってられない。

いろいろ考えたが、私が、なぜ、行かなければならないのか。
それは、こうだ。
私は、試合中、滅多にグランドに出て行かず、更衣室でハーフタイムの準備をしながらテレビを見ているが、同僚は、みんなグランドのベンチの横に座りたいと思っているようだ。そんな時、遠藤は、重宝で、文句も言わず、更衣室で準備をしているのである。

以前、チャンピオンズリーグの準決勝の試合後、勝利を喜びあってみんながグランドに出ていたが、私と用具係の2人は、更衣室でみんなの喜んでいるのをテレビで見ていた。翌日、自宅に帰り、家族が、お父さんをテレビで探したのに全然出てこなかったじゃないのと言われた。
そして、最後に女房が、一言。
「全世界の人が観ているのだから、嫌でも面倒でもグランドにに出てテレビに出てよ」と言われ、子供達にも「もそうだそうだ」と言われてしまった。

そして、アテネの決勝では、試合後、ノコノコ…

yoko様、ありがとう

スティーブ・ウォズニアックを調べました。

この方も立派な方ですね。
iphoneの方が良いかな

携帯電話 IphoneとGooglephone

IPHONEとGOOGLEのどちらが良いか思案中である。と言っても何時買えるか分からない。しかし、何時かは買いたいのでそのための準備をしなければならない。という名目で楽しくいろいろ調べている。ここ数年で私は、PC上でGOOGLEを活用するようになった。こちらにいるとYAHOOよりもかなり重宝なのである。Email、ブログ等は、GOOGLEにしているし、携帯電話のOSも関係し始めた。日本の友人が、ブログは、他社の方がみんな見てくれるから良いのではないかと言われたが、日本の場合は、時差の関係で、メンテナンス中というのが多いのである。こちらの夜8時は日本時間の朝3時である。多くのブログがメンテナンス中で使えませんとなるのである。また、Gmailは、携帯からも簡単に見ることが出来るのでこちらを良く使っている。もちろん YAHOOのアドレスも持っているが、あまり使っていないのが現状である。私が、最初にGOOGLEを知ったのは、株式市場でであるが、急に上昇し、何をやっている会社か調べたら、企業買収して大きくなった会社で米国がバブルの時だからとこの先どうなるのかと関心をもって見ていた。そして、YOUTUBEを買収した頃から、この会社ちょっとやるじゃないの!となり、最近になった。Apple社については、マッキントッシュのAppleの時からだから付き合いは長い。一時は、ウインドウズにやられたが、創始者の講演を見てから感じるものがあって、これから盛り返すのだろう。と思っていたら、IPod、IPhoneとどんどん盛り返してきた。この創設者のスチーブ ジョブスは素晴らしい。こういう人がアメリカにはぞろぞろいるのかもしれない。この演説を見て感動しない人はいないだろう。これが、スポーツ選手ではなく政治家でもなく、最前線のビジネスマンだから凄いと思う。これからの時代は PCよりも携帯電話の時代になって行くのは間違いない。こちらイタリアは、ブラックベリーが最近はやり始めている。私もほしい。どっちでも良いから!!!!とにかく この演説は見ておいて損はない!!!

冷水浴

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昨日の投稿に対して今までにないコメントがあった。(5つだけど)だいたい1日に100人前後の人がアクセスしてくれているから、5%の人からコメントを貰ったことになる。 ということは、多くの皆さんが、サッカーに関心があるのだろうか? まあ、イタリアのプロサッカークラブで働いている人のブログに訪問するのだからサッカーに関心があるのは、当たり前かもしれない。 ということは、もっとミランで起こった出来事を書いたら喜んでくれるだろうと思うけど、暴露本的になってしまうのがちょっと怖くて、お酒を飲みながら書けなくなってしまう。 でも、なるべく書くようにしよう。
ところで、今シーズンは、我々医療グループにイングランド帰りの理学療法士がいるが、イングランドでは、練習後、および試合後には、必ず、冷水浴をするようにしているという。(温水浴もできるよう に2漕ある) 我々も日本にいる時は、交代浴を怪我人には、治療として行ったが、イングランドでは、クーリングダウンの一貫で行わせるのである。 (私は、左膝が悪いので、1日立ち仕事をすると悪い脚ばかり疲れが残ってしまうので氷水に腰まで浸すと翌日に軽くなることを経験していたので、以前、選手に薦めたが、行う人は誰もいなかった。) やはり、サッカー後進国の日本人が推薦しても見向きもしないが、サッカーの発祥の国でやっているとなるとやりたくなるのだろう。 そして、現在、ミランには、プールの横に5mx1mx1.5mの浴漕が2漕あり、1つは、冷水浴用として11度C、もう一方は、30度Cである。この温度を決めるのにいろいろもめたが、こうなった。 最近では、多くの選手が、練習後に冷水浴をするようになり、選手自身も納得しているようである。 そしたら、昨日、ドイツのバイエルンFCでは、練習、試合後の冷水浴は、義務であると 昨年そのクラブでプレーしていたODDO選手が言っていた。 そういえば、自動車のaudi主催のAUDICUPに行った際にバイエルンFCのスタディアムの更衣室には、5mx10m位のプールがあり、係員から、「プールの温度と必要な高さを言ってくだされば、そのように設定しますが、」と言われビックリ、そして、同僚が20度で50cmと言ったらその30分後には、そのように知らぬ間に水が張られたいた。
さすがだな!ドイツは!

photo;バイエルンのスタディアムである。ここで試合後食事をしてホテルに…

何が重要か

先日、同級生の磯部君と話していて最もなことを言っていた。彼は、少年サッカーの指導をしているので、私の見ている、感じているサッカーの疑問点、問題点を彼の現場サイドから率直に答えてくれるので刺激になる。まして、一緒に学生時代にサッカーに明け暮れ、両者ともサッカーで大成できず、現在もサッカーに携わっているという共通点があるので理解しやすい。私は、イタリアサッカーを見ていて感じる第一は、勝負にこだわるにも関わらず、おおらかであるということである。試合中のエキサイトぶりは、動物そのものであるが、これは 国民性だろう。練習は、18歳、19歳の年齢で週4回、そして 週1試合で合計5日稼働である。練習も1時間30分、そして夏には2カ月の休みがある。それに対しての日本は、練習に関しても高校生の練習は、授業前の朝練習、そして 放課後の練習と1日2回で 休暇は、ほとんどない。どうしてなのだろうか。サッカーは練習量に比例して上達はしないのだろうか。それとも タレントの問題なのだろうか。そんな疑問を持っている私に、その答えのヒントがあった。磯部君のこだわりはチームのコンセプトを貫くことだそうだ。そのコンセプトとは、テクニック、インテリジェンス、ランニングの習得を追求することで、多くのことを習得させようとはせず、大半の時間をこの3つに費やし、これ以外の失敗には目をつぶることにしているそうだ。これは、傍から見ていると 死に物狂いでやっているようには全く見えない。むしろ これで上手くなるのかと思ってしまうくらいの感じなのかもしれない。しかし、練習している子供たちの眼は輝いている。まさにイタリアは、こんな感じである。しかし、この考え方では、日本の一般的なように全員が、走れるようになって、ボールテクニックが良くなって、戦術も身についてということはない。選手の誰かが何かを感じ、急成長して行く。感じない選手は、成長しないのである。日本の多くの指導者は、すべての選手を成長させるために、欠点を修復させようとしているのかもしれない。どの子供たちも、一律に伸びていくと思う。しかし、将来の日本を代表する選手は、生まれにくい。爆発的に伸びる子供を育てるには、やはり長所をのばすこと。欠点は、眼をつぶっていること。みんな一律に育てることは、みんな一律に育たないことでもある。指導にはいろいろなコンセンサスがあって良いと思…

風邪

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最近、風邪が流行りだした。確かにミラノは、日本人祭りの時(10月10日)は、半袖でも十分過ごせた。一緒にどら焼きを販売した父兄との会話に「今年は、暖かすぎませんか?例年こんなでしたかねー」 などと会話をしたのを憶えている。今週は、もう、部屋には暖房が入っているから この温度差は凄いものだ。
我家の風邪引き第一号は、末っ子、そして次女と続き、現在は、長男が3日程学校を休んでいる。 残りは、3人である。 長女は、来週友達とロンドンに行くので風邪など引けないと気合いが入っているので 多分、ロンドンから帰ってきたら 気が抜けて感染するのだろう。 しかし、「学校休むと授業についていけないから」と言って 気合いで風邪など引かないと自負している。 女房は、鼻の調子悪いが、これからガクンとは、来ないのが通常だ。気合いでうがいを続けている。
私については、睡眠時間は女房と比べれば多いが、ミランの仕事もプライベートの仕事も目一杯にやっているが、元気である。 これには、訳がある。
以前にも書いたが、毎朝5分のカンプン摩擦である。これをやると風邪菌が飛んで行ってしまう気がするのである。 気がするで科学的には、全く証明できないが、凄く調子が良い。 そして、最近は、擦るたわしが物足りないから、もっと硬い強い物に変えた。100円ショップの製品である。最初のブラシは、2500円ぐらいだったから 格安の健康用品である。 そして ワインを飲みすぎた日は、ここの梅をなめている。この梅を舐めると酸性に傾いた体内が、アルカリ性になるような感じがする。実際は、どうだろうか。 また、のどがおかしくなったら、すぐにこの梅で調子は、もとに戻る。 昨年は、これで寝込むことがなかったので、今年もこれで行きたい。 それから、また、しっかり書くが、3人の子供たちには、井穴刺絡の治療を行ったら、翌日、スッと良くなって学校に出かけた。(長男は、最初はやらず、昨日これをやったら今朝、楽になったと言っている。 今後の研究課題ができた。
皆さんも試してみたらどうでしょうか?









photo; 100円タワシ

南と北

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今日(10月24日)は、VERONAという街に来ている。もちろん 仕事である。ミラノからヴェネチアに向かって車で2時間ほどの所だ。明日のCHIEVO戦のためである。午後3時から練習したのであるが、午後の練習の時は、昼食は、練習場のレストランでとることが多い。それは、なぜかというと、何でも食べれるし、死ぬほど食べてもタダだからである。(朝食も夕食も食べたければ食べられるのであるが、さすが、練習場にずっと居たくはないので、昼食だけのことが多い)今日もいつものように、レストランに行くと、STANPA(広報部)のカターニャ出身の友人が、あいさつも早々に「ENDO!今日は、サンシーロ(ミラノのホームスタディアム)に行かないのか?」と言ってきたので、今日は、ベローナだろう!と言い返したら、「違うよ。我らの森本を観に行かないのか」と言われ、ようやく、今晩、インテルとカターニャの試合が、サンシーロスタディアムであることに気がついた。そして、その隣の同僚が、私に「森本は、日本で有名か」と聞いてきたので、こう答えた。「今の日本のサッカー界で森本は、とても注目されているけど。内容がサッカーではないんだよ。これだよ!」「スポーツ新聞のタイトルは、<イタリア人になった森本>とかと 書かれていて、練習場へ向けてのバスには時間ぎりぎりに乗ったり、飛行機の搭乗もぎりぎりだったりで まさしく イタリア人になって日本に帰ってきた。と書いてあった。」と、私は説明したのである。その広報のもう一人の同僚は、すかさず、「それは、イタリア人になったのではなく、カタネーゼ(カターニャの人々)になったのであり、イタリア人になったのではないので誤解しないように新聞に抗議しておいてくれ!」と言い、その場は、みんな爆笑であった。イタリアは、歴史上、都市国家中心で発展してきたことから、都市同士の対抗意識が高い。そして、特に、北の人々は、南部の人達を馬鹿にするのである。彼らの言いぐさはこうである。北部人いはく「南の連中は、MANGIARE、CANTARE、BALLARE、BERE(食べて、歌って、踊って、飲んで)全く働かない。」と言い、南部人いはく「北の連中は、どうしてあんなに馬鹿みたく働くのかなー。人生一回しかないのにもったいないことをする愚か者で、仕事ばっかりの人間が冷たい奴らだよ!」というのである。確かに両方とも的を…