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2009年8月27日木曜日

緊張感

ミランで働き始めて10年になる。仕事における緊張感は、あまり変わっていないような気がする。

最初のころは、もちろん、外国生活、言葉の問題、経済的問題等、今までに味わったことがない環境での仕事だったので過緊張するのは、当たり前である。

しかし、10年も経てば、生活にも慣れ、仕事にも慣れていきたのでこの緊張感が少しは、少なくなりそうだがそうでもない。

しかし、トヨタカップで横浜に行った時は、気分的に楽だったことを思うと、10年イタリアに住んでも、やっぱり、日本は自分の国で、イタリアは外国なのだろう。



ということは、家の子供たちは、どうだろうか。

一番下の子は、1歳半でミラノに来た。日本での生活の思い出、経験は全くない。最近は、インターネットの発達により、日本の情報は、常に手に入るし、3年前からミラノ日本人学校に転校してからもう日本人そのものだ(イタリア現地校時代は、イタリア人になってしまうことを両親は恐れていたが)



彼女たちは、どうなのだろうか。

少なくても日本に対し、憧れはあっても恋しいという気持ちは無いと思うがどうだろうか。



あともう数年、がんばって 子供たちが、日本でもイタリアでも好きな方で生活できるように経済的に支えなければならない。



もしかしたら、父親としての責任感から、仕事に緊張しているのかな!とも思ってしまうが、だとしたらこれは、当たり前のことで緊張とは言わないかもしれない。

まあいいか!



明日は、リーグ第2戦目でミラノダービーである。ミラノの街中が、この話題で持ちきりになる。

昨日くらいからチーム内も緊張感が高まり、さすがにピリピリし始めている。こういう経験は、たくさんしているからと思いつつも 平常心では出来ない。単なる気が小さいだけかな!



photo;トヨタカップ優勝の時の写真 左隅に私もいます

2009年8月24日月曜日

馬油を使った打撲の治療

今日は、我々のやっている打撲の治療法を話すことにする。
以前にも一般的な常識治療とは違った治療として「湿潤治療」について書いたが、今回は、「打撲」についてである。

「時代が変われば変わるものだということ、みんな考えているんだということを偉そうにも言いたいのだ!」

というのは、私がACMilanで働いているので、ACMilanではどんな練習をしているのか、どんな治療をしているのかとよく聞かれる。
そして、私は、「日本と変わらない練習メニューだし、治療はむしろ日本の方が進んでいるよ」と答えている。
しかし、異なる点は、前回の「closed kinetic training」で書いたように他人が何をやっているかを探すのではなく、どうすれば自分たちが勝てるか?どうすれば、選手が早く復帰するか、そして強くなるかを探しているのである。やっていることは、日本とあまり変わらないし、むしろ日本の方が進んでいる点も多い。しかし、彼らは真似をしていない。
真似ばかりしていては、世界のトップレベルに近づけてもトップにまずなれないであろう。ということである。


我々日本の歴史には、江戸時代の鎖国という素晴らしい時代があった。なぜなら 鎖国していたから真似することが出来ず、自分たちで考え、発明し、すばらしい物を作り上げたのだ。これが本当の日本人であると思う。


さて本題に入ることにする。

我々は、スポーツ医学の「いろは」としてA.B.C(エービーシー)とR.I.C.E(ライス)という言葉を勉強する。前者は救急蘇生法の際の気道確保、人口呼吸、心臓マッサージであり、
後者は、怪我の際の応急処置の際の安静、冷却、圧迫、挙上である。

打撲は、この応急処置の代表的な適応症である。
したがってアスレティックトレーナーの試験や、学校の保健のテストでは、打撲の際の応急処置は、R.I.C.E(ライス)と書かないと、まず、落第となるだろう。

我々は、いろいろ議論して、試して、そして現在は、筋肉の打撲の際にR.I.C.E処置は、行わないようになった。

これには、物語になるぐらいいろいろな出来事があった。
何しろ、先発メンバーの年収が手取りで5億円以上の選手が年間30~40試合をこなすわけだが、その内の1試合でも出来ないならば、なんと1000万円の以上の損失となることになる。
ましてやその選手が医療スタッフの手落ち つまり、スポーツ医療の基本である応急処置R.I.C.E(ライス)を行わなっかたために、試合に出れないことにでもなれば、医療スタッフの責任はかなり重くなる。
そんな中で試行錯誤して確立した処置である。

その手順は、次のようである。
まず、選手が、打撲した場所を確認する。(関節なのか筋肉なのかを調べる)もし、関節ならば、そのままR.I.C.E(ライス)の処置を行うことになる。
筋肉の場合は、続いてその程度を調べる。(重傷で受傷箇所を動かせない場合、明らかに陥凹がある場合、腫れが酷い場合は、R.I.C.E処置を行うが、重傷でない場合(経験からその程度を言っているのではっきりした指標を言えなくて御免なさい)は、R.I.C.E(ライス)を行わない。

1.NO Rest(安静にせず動かす)
2.NO ICE(冷やさず、温めず)、
3.COMPRESSION(圧迫は治療最終時に腫れていたら圧迫固定することもあるがないことの方が多い)
4.ELEVATION(血流、リンパの還流のために挙上してマッサージ)である。

具体的に例を挙げて見てみよう。
例えば、大腿部の中央外側に相手選手の膝が入った場合(俗に言うチャーリーホースである)を想定してみよう。

1.選手は、試合を続行出来たかどうか(出来れば、重傷でないのでこの治療法で進める)
2.徒手検査で膝を自動、他動的に完全屈曲出来るか(痛みを伴っても良く、それが出来れば、重傷ではない)
3.受傷後すぐに腫れが出現したか(腫脹していれば重症の可能性あり。)

以上を観察し、この治療法が適用かどうか決定する。

治療法は、
1.選手を背臥位にし、受傷下肢を挙上させる。
2.低周波、または、微弱電流等をかけ、受傷した部分の筋肉を他動的に動かす。
(その間、他動的に膝の屈伸運動を可動域すべてに亘ってゆっくりと動かす。)
3.ドレッシングマッサージ
(馬油と消炎鎮痛剤等を混ぜて痛みの加減に注意して心臓に向けて(リンパに沿って)やさしくマッサージする。)
4.冷水プールで 膝の屈伸運動を自動的にさせる。(行わない場合あり)
4.最後に熱なし、腫れなしならば、KINESIOテープを貼り、腫れている場合、消炎鎮痛外用薬に馬油を混ぜてパックを貼り、その上から スポンジで圧迫し、テープ固定する。

以上のような感じである。

考え方は、打撲によって出血した血液、炎症反応により起こったリンパ液等の還元を速やかに行い、血液の凝固を作らないこと、そして、リンパ液の流れる道を作ることを重視している。
冷却すると、出血した血液は、そこに留まり、硬結化し、後でこの硬結を取り除くのに苦労する。例えば、試合中に 打撲を受けて試合を続行し、試合後にR.I.C.E(ライス)処置を行ったのにも関わらず、翌日になって動けないことがある。

また、試合の前半の始じまってすぐに打撲し、試合を続行し、ハーフタイムで処置して、グランドに出ようとしたら脚に力が入らず、動けず、急遽、交代などということを経験したことはないだろうか。
こんなとき、この処置をしていれば、どうだろうか。少なくとも冷やしたら そこで終わりとなってしまうことは確かだろう。

皆さんも疑問に思ったら まず考えて、試してみてください。理論は、学者さんが後から考えてくれるから大丈夫!

そういえば 20年前に トレーニングジャーナルという雑誌の初刊のころ、東海大学の先生だと思ったが、冷却してはダメだという論文を載せていたことを今でも覚えている。たしか アイスホッケーの表紙だったと思う。

こういう先生もいるのだから 日本の捨てたもんじゃない!!!



PHOTO:宿泊先ホテルでの治療風景

2009年8月20日木曜日

グループ意識と国民性


22日からシーズンが始まる。今シーズンは、今までと違っている。
まずは、監督が ancelottiからleonaldoに変わったことだ。それから 我々医療グループのメンバーもかなり変わった。
外国人は、何かを始める時、グループを強調する。「我々は、仲間だから!力を合わせてがんばろう」と度あるごとにグループを強調する。カッコよく言うと「チームのためにすべての力を」(高校時代のサッカー部の横幕にあった)と言ったところだろう。
高校時代には、この言葉にあまりピンとこなかったが、外人と働くようになってこの言葉がいやに気になるようになった。
私にとっては、この言葉の内容は、当たり前であり、口に出すまでのことではないぐらい思っていた。
また、日本の戦後の教育の中で育ってしまった私には、外国人の言う個性が強いと日本で言うそれとはかなりの差があることを知らなかった。外国では、同じ目標を持った人間が集まっても私から見たらかなり利己的な人間が当たり前のようにいるし、彼ら自身は、自分がとても協調性のある人間である位に思っていることもしばしばある。
したがって、同じ目標を持った人間が集まる時は、この言葉「チームのためにすべての力を」を口に出し、確認し会い、同じ目標に向かうことを意識しあうことが 重要になってくるようだ。
Jリーグが出来て間もないころ、清水エスパルスにエメルソンレオンという監督が就任し、最初に指摘したことは、すべての選手の練習着をなぜ統一しないのかということだった。当時は、オフィシャルスポンサーの練習着であればそんなに問題はないのではぐらいに思っていたし、私からして見てもそんなに大事なことではなかったように思った。
しかし、グループの一員であることを確認し会うため、練習着をはじめ遠征バック、ホテルでの服装も同じ物を着用させるは、スポンサーに対してだけではなく、グループの一員であることを強調し、意識させるために必要なことでもあるのだ。

また、個性的な人間の集まりのグループの中には、当然してはいけないこと、グループの一員であれば、誰もがしたいけど我慢していること等がある。そんな中で、自分だけは許可してほしいということを平気で言い、その上、聞くのは悪いことではないからと主張する者もいる。
聞くこと自体は確かに悪くはないが、それは 暗黙の了解事項であり、皆我慢していることなのだ。ということが全く分からないのである。
しかし、こういう者は、みんなと観点が違うから誰もが出来るはずがないと思っていることを簡単にやり遂げてしまうこともあるし、全く異なった発想でやり遂げてしまう。
良い意味でも悪い意味でも日本人の世界では経験出来ないであろうことに出くわす。

お互いに口に出し、確認し会うことをしなければ、グループを維持できないほどいい加減な人間がいつも数名いるのだ。そして そのいい加減と思われた人間が、たまに素晴らしい仕事をする。
素晴らしいグループ、強いグループは、個性的な人間の集団だ。同じような人間の集まりでは、サッカーは勝てない。真面目な選手、いい加減な選手、幼稚な選手等さまざまが個性を持ち、それが強ければ強いほど、また、そのグループがまとまればまとまるほど強いグループになる。

その個性的な人間を心から理解し、認め、短所には眼をつぶる。それが出来ないとレベルの高い集団では、日本人(日本の教育を受けた人間)は、生きていけないのだろう。
「日本と文化が違うから」とか「外国は教育レベルが低い」とか嘆いていても仕方がない。楽しく生きていくには、すべてにポジティブな発想が必要だ。それが頭でわかるまでに10年もかかった。
今度は、あと何年かかって「これが当たり前」となり、今、「いい加減な人間」と見えているのが「素晴らしい人間」だと心底思えるようになるのどろうか。
釈迦とか、キリストの境地に辿りつかないと出来るものではないとか思う。
明日は、勝つことに集中する、それが すべてと思えば、結構すんなりキリストの境地に達するのかも! 
ポジティブ!ポジティブ! これで行こう!









Photo;個性的なプレーヤーのINZAGHI選手と一緒

2009年8月17日月曜日

CLOSED KINETIC TRAINING

ご無沙汰してました。

シーズン初めの合宿中にfirenze大学の体育学の教授 roberto piga先生の講義があった。
私は、言葉が分からない上に疲れていたので眼を開いているのが精一杯で眠気との戦いだった。
まあ、眼が冴えていても同じかも知れないし、やってくれるだけありがたいと思わなければいけないのだろう。

ところで、私は、日本にいたころは、あまり大学の先生の話を聴けなかったし、聴こうともしなかった。また、15年前には、大学院で勉強してきたフィジカルコーチが、いろいろ理論を説いていたが、説得力に欠けるものが多かったし、日本代表チームが、陸上のスペシャリストを呼んで短期間のフィジカルトレーニングを行ったと聞いて呆れた記憶がある。
陸上とサッカーの違い、ボディービルダーとサッカー選手の違いを区別せずに話されるとがっかりしてしまう。
しばしば現場の指導者と学問でのサッカー関係者には温度差があることがある。
これは、栄養士と調理師の関係とよく似ている。いくら栄養師が必要な栄養のバランス、量の重要性を言っても それを作るのは、調理師であり、また、それを食べるのは選手である。
以前 エスパルスに在籍していた時、ぺリマンコーチが、大学の先生に対して、選手の現状(何が必要で 何が十分か)を教えてくれれば、それを 現場の我々が行うので 何をやった方が良いとかどういうトレーニングをやった方が良いとかまでは言う必要がない。と言っていたが、それはある意味でお互いの専門を尊重することであると思う。

それぞれのスポーツにおけるフィジカルの特異性は、大変重要であり、最終的には、現場も学者もそれをどう理解するかである。
週2試合というスケジュールの中でフィジカルに費やされる時間は限られており、監督からしてみれば、できる限り時間を戦術、技術練習あるいは、休養に回したいのであるし、戦術、技術練習が、やり方次第でフィジカルトレーニングを兼ねることも十分可能である。
ブラジルは、1970年のメキシコワールドカップで優勝して以来、勝てない時期があったが、それを分析した学者が、フィジカルの重要性を説き、ブラジルは、一時期、トレーニングがサッカーのためなのか分からないような練習、つまり、ボールを全く触らないトレーニングをしていた時期がある。そして、1994年のアメリカ大会では、大半の時間をフィジカルトレーニングに費やし、成功している。
しかし、現在のフィジカルコーチは、いかにボールと一緒にフィジカルを行うかをテーマにメニューを作っているという。
20年前とは違った考え方である。これは、時代が流れているのではなく、勝つためにチーム、選手を分析し、自分たちに必要な物を取り入れているのである。
間違ってはいけないことは、現代サッカーとかモダンサッカーとかと評し、トレーニングにも流行があるように錯覚するが、世界のトップの指導者は、自らのチームを研究し、医学的、戦術的ベースをもとに新しいもの、忘れられた物を取り入れていくのである。
分析できない指導者、他のチームがやっていることばかり気になる指導者 つまり、考えない指導者は、失格である。
サッカーには、流行など無いのだ。
ところで、たまにフィジカルトレーニングを行って選手を壊してしまうことによく出くわす。
私の経験から、あるトレーニングをやるとフィジカルが向上するということをよく聞くが、そのトレーニングの長所ばかり主張して、短所を考慮できず、壊された選手も多くみている。選手を強くすることは、それだけ危険が伴うものである。
そんな時、生理学、運動生理学、解剖学、バイオメカニック等の基礎がきっちりしていれば、治療、リハビリ、トレーニングに大変プラスになる。それに治療、コンディション作り等で壁にぶつかった時、基礎がしっかりしていればそれを乗り越えられるので 理論は、現場にとって重要である。
私たちの仕事は、選手が現場に速やかに復帰し、怪我、事故を未然に防ぎ、フィジカルコンディションをアップさせることであるので、学者たちとは、上手くやっていかねばならない。

この教授は、現場で行われているトレーニングを理論化すること、また、間違っているトレーニングを理論的に指摘することが私の仕事であると言っていた。最近の数年間、JUVEの有名選手のフィジカルアドバイザーを務め、かなり良い結果を出しているようだ。(この選手は、ここ数年、怪我から復帰し、コンディションも良く、コンスタントに試合に出ているし、代表にも復帰した。巷で良いフィジカルコーチがついたという評判だった)
彼が言うのには、open kinetic trainingとclosed kinetic torainingを常に考える必要があると言っていた。
選手のフィジカルトレーニングにおいてのトレーニングは、99%Closed Kinetic trainingであるべきだと言っていた。

私も同感である。例えば、大腿四頭筋の強化を考えた場合、座って 「leg curl machine」と「踏み台昇降」とでは、全く違ってくる。
「強化する」とは、ただ筋肥大させることでもないし、筋力をアップすることでもない。「役に立つ筋」にすることなので、その筋を使った動きがスムースで、スピーディーにすることであり、その関係する筋群すべてを再教育することである。
その選手の必要な動き、特徴を把握し、その動きをスピーディーにすることが重要で筋力をアップすることでその動きが良くなることである。
これは、簡単で当たり前なことであるが重要である。
そう考えると、長崎先生(焼津の循環器の医師)が言っているように「サッカーのフィジカルトレーニングの究極」は、「サッカー」をやることであるのだ!
常にボールと一緒にやるフィジカルトレーニングは、これを裏付けているし、こんな話を聞いたことがある。
ピアニストには、ウォーミングアップのための曲があると聞いたことがあるが ピアニストは、演奏の前に肩、手首を回したり、ストレッチをしたりしないのか、演奏の前にそのような仕草を見たことがない。最初から最後までピアノを弾いている気がするけどどうなのだろうか。
バレリーナは、特別なトレーニングをバレーのためにするのであろうか。バレリーナがダンベルを使ったトレーニングなど見たことがない。
相撲取りが、相撲以外のトレーニングをするのだろうか。見たことがない。
これらは、科学が取り入れられていない遅れた競技なのか?それとも 最も進んでいるのか?
私は、後者だと思う。




PHTO; BROCCHI選手とストレッチング