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緊張感

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ミランで働き始めて10年になる。仕事における緊張感は、あまり変わっていないような気がする。

最初のころは、もちろん、外国生活、言葉の問題、経済的問題等、今までに味わったことがない環境での仕事だったので過緊張するのは、当たり前である。

しかし、10年も経てば、生活にも慣れ、仕事にも慣れていきたのでこの緊張感が少しは、少なくなりそうだがそうでもない。

しかし、トヨタカップで横浜に行った時は、気分的に楽だったことを思うと、10年イタリアに住んでも、やっぱり、日本は自分の国で、イタリアは外国なのだろう。



ということは、家の子供たちは、どうだろうか。

一番下の子は、1歳半でミラノに来た。日本での生活の思い出、経験は全くない。最近は、インターネットの発達により、日本の情報は、常に手に入るし、3年前からミラノ日本人学校に転校してからもう日本人そのものだ(イタリア現地校時代は、イタリア人になってしまうことを両親は恐れていたが)



彼女たちは、どうなのだろうか。

少なくても日本に対し、憧れはあっても恋しいという気持ちは無いと思うがどうだろうか。



あともう数年、がんばって 子供たちが、日本でもイタリアでも好きな方で生活できるように経済的に支えなければならない。



もしかしたら、父親としての責任感から、仕事に緊張しているのかな!とも思ってしまうが、だとしたらこれは、当たり前のことで緊張とは言わないかもしれない。

まあいいか!



明日は、リーグ第2戦目でミラノダービーである。ミラノの街中が、この話題で持ちきりになる。

昨日くらいからチーム内も緊張感が高まり、さすがにピリピリし始めている。こういう経験は、たくさんしているからと思いつつも 平常心では出来ない。単なる気が小さいだけかな!



photo;トヨタカップ優勝の時の写真 左隅に私もいます

馬油を使った打撲の治療

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今日は、我々のやっている打撲の治療法を話すことにする。
以前にも一般的な常識治療とは違った治療として「湿潤治療」について書いたが、今回は、「打撲」についてである。

「時代が変われば変わるものだということ、みんな考えているんだということを偉そうにも言いたいのだ!」

というのは、私がACMilanで働いているので、ACMilanではどんな練習をしているのか、どんな治療をしているのかとよく聞かれる。
そして、私は、「日本と変わらない練習メニューだし、治療はむしろ日本の方が進んでいるよ」と答えている。
しかし、異なる点は、前回の「closed kinetic training」で書いたように他人が何をやっているかを探すのではなく、どうすれば自分たちが勝てるか?どうすれば、選手が早く復帰するか、そして強くなるかを探しているのである。やっていることは、日本とあまり変わらないし、むしろ日本の方が進んでいる点も多い。しかし、彼らは真似をしていない。
真似ばかりしていては、世界のトップレベルに近づけてもトップにまずなれないであろう。ということである。


我々日本の歴史には、江戸時代の鎖国という素晴らしい時代があった。なぜなら 鎖国していたから真似することが出来ず、自分たちで考え、発明し、すばらしい物を作り上げたのだ。これが本当の日本人であると思う。


さて本題に入ることにする。

我々は、スポーツ医学の「いろは」としてA.B.C(エービーシー)とR.I.C.E(ライス)という言葉を勉強する。前者は救急蘇生法の際の気道確保、人口呼吸、心臓マッサージであり、
後者は、怪我の際の応急処置の際の安静、冷却、圧迫、挙上である。

打撲は、この応急処置の代表的な適応症である。
したがってアスレティックトレーナーの試験や、学校の保健のテストでは、打撲の際の応急処置は、R.I.C.E(ライス)と書かないと、まず、落第となるだろう。

我々は、いろいろ議論して、試して、そして現在は、筋肉の打撲の際にR.I.C.E処置は、行わないようになった。

これには、物語になるぐらいいろいろな出来事があった。
何しろ、先発メンバーの年収が手取りで5億円以上の選手が年間30~40試合をこなすわけだが、その内の1試合でも出来ないならば、なんと1000万円の以上の損失となることになる。
ましてやその選手が医療スタッフの手落ち …

グループ意識と国民性

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22日からシーズンが始まる。今シーズンは、今までと違っている。
まずは、監督が ancelottiからleonaldoに変わったことだ。それから 我々医療グループのメンバーもかなり変わった。
外国人は、何かを始める時、グループを強調する。「我々は、仲間だから!力を合わせてがんばろう」と度あるごとにグループを強調する。カッコよく言うと「チームのためにすべての力を」(高校時代のサッカー部の横幕にあった)と言ったところだろう。
高校時代には、この言葉にあまりピンとこなかったが、外人と働くようになってこの言葉がいやに気になるようになった。
私にとっては、この言葉の内容は、当たり前であり、口に出すまでのことではないぐらい思っていた。
また、日本の戦後の教育の中で育ってしまった私には、外国人の言う個性が強いと日本で言うそれとはかなりの差があることを知らなかった。外国では、同じ目標を持った人間が集まっても私から見たらかなり利己的な人間が当たり前のようにいるし、彼ら自身は、自分がとても協調性のある人間である位に思っていることもしばしばある。
したがって、同じ目標を持った人間が集まる時は、この言葉「チームのためにすべての力を」を口に出し、確認し会い、同じ目標に向かうことを意識しあうことが 重要になってくるようだ。
Jリーグが出来て間もないころ、清水エスパルスにエメルソンレオンという監督が就任し、最初に指摘したことは、すべての選手の練習着をなぜ統一しないのかということだった。当時は、オフィシャルスポンサーの練習着であればそんなに問題はないのではぐらいに思っていたし、私からして見てもそんなに大事なことではなかったように思った。
しかし、グループの一員であることを確認し会うため、練習着をはじめ遠征バック、ホテルでの服装も同じ物を着用させるは、スポンサーに対してだけではなく、グループの一員であることを強調し、意識させるために必要なことでもあるのだ。

また、個性的な人間の集まりのグループの中には、当然してはいけないこと、グループの一員であれば、誰もがしたいけど我慢していること等がある。そんな中で、自分だけは許可してほしいということを平気で言い、その上、聞くのは悪いことではないからと主張する者もいる。
聞くこと自体は確かに悪くはないが、それは 暗黙の了解事項であり、皆我慢していることなのだ。…

CLOSED KINETIC TRAINING

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ご無沙汰してました。

シーズン初めの合宿中にfirenze大学の体育学の教授 roberto piga先生の講義があった。
私は、言葉が分からない上に疲れていたので眼を開いているのが精一杯で眠気との戦いだった。
まあ、眼が冴えていても同じかも知れないし、やってくれるだけありがたいと思わなければいけないのだろう。

ところで、私は、日本にいたころは、あまり大学の先生の話を聴けなかったし、聴こうともしなかった。また、15年前には、大学院で勉強してきたフィジカルコーチが、いろいろ理論を説いていたが、説得力に欠けるものが多かったし、日本代表チームが、陸上のスペシャリストを呼んで短期間のフィジカルトレーニングを行ったと聞いて呆れた記憶がある。
陸上とサッカーの違い、ボディービルダーとサッカー選手の違いを区別せずに話されるとがっかりしてしまう。
しばしば現場の指導者と学問でのサッカー関係者には温度差があることがある。
これは、栄養士と調理師の関係とよく似ている。いくら栄養師が必要な栄養のバランス、量の重要性を言っても それを作るのは、調理師であり、また、それを食べるのは選手である。
以前 エスパルスに在籍していた時、ぺリマンコーチが、大学の先生に対して、選手の現状(何が必要で 何が十分か)を教えてくれれば、それを 現場の我々が行うので 何をやった方が良いとかどういうトレーニングをやった方が良いとかまでは言う必要がない。と言っていたが、それはある意味でお互いの専門を尊重することであると思う。

それぞれのスポーツにおけるフィジカルの特異性は、大変重要であり、最終的には、現場も学者もそれをどう理解するかである。
週2試合というスケジュールの中でフィジカルに費やされる時間は限られており、監督からしてみれば、できる限り時間を戦術、技術練習あるいは、休養に回したいのであるし、戦術、技術練習が、やり方次第でフィジカルトレーニングを兼ねることも十分可能である。
ブラジルは、1970年のメキシコワールドカップで優勝して以来、勝てない時期があったが、それを分析した学者が、フィジカルの重要性を説き、ブラジルは、一時期、トレーニングがサッカーのためなのか分からないような練習、つまり、ボールを全く触らないトレーニングをしていた時期がある。そして、1994年のアメリカ大会では、大半の時間をフィジカルトレー…